研究紹介

「固体水素の構造計算」

水素は陽子と電子だけから成る単純な系であるが、高圧下では多様な相転移を示す。 約250GPa までの静的な圧縮による実験的研究によれば、分子状固体水素には (高温低圧相の) 相I、(低温相の) 相II、(高圧相の) 相IIIという3つの相がある。分光学データは、 相IIから相IIIへの転移にともなって分子振動数のとびを示し、 (おそらく配向秩序化に関連していると思われる) 対称性の破れが起こることを示唆している。

通常の固体の構造計算では、 原子核を古典的に扱った計算やシミュレーションを行ない、 原子核の零点振動を調和近似などに基づいて補正として加えることが妥当である。 しかし、固体水素は原子核(陽子)の質量が軽いため、 零点エネルギーが大きく、安定構造を正確に求めるには陽子の量子効果を第一原理的に扱ったシミュレーションを実行することが最も望ましい。

図:超高圧下の固体水素 そこで我々は、 密度汎関数法に基づく電子状態計算と経路積分による原子核の量子的記述を組み合わせた 「第一原理経路積分分子動力学法」を用いて、 固体水素の3つの相における陽子の量子的分布を得た。 その結果、陽子の量子的な揺らぎが分子の回転を妨げる効果があること、 すなわち量子的な局在化が起きていることが明らかになった。 この効果は相IIにおいて最も顕著に現れ、 陽子を古典的に扱うと配向秩序が再現されないことがわかった。

この「量子局在」は、分子の回転運動に関するポテンシャル空間内で、 回転の零点エネルギーが最小となるような配位をとろうとした結果起こるものと考えられる。 結晶シリコン中のミューオニウム も、零点エネルギーの小さいTサイト付近に分布が集中することが示されており、今回と同様の量子局在を示す例である。

[1] H. Kitamura, S. Tsuneyuki, T. Ogitsu, and T. Miyake, "Quantum distribution of protons in solid molecular hydrogen at megabar pressures", Nature 404, 259-262 (2000).


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